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水水水水金土日

今週は月曜日からかなり疲れ気味で、気分的には水曜日が2日続いている感じ(水曜日が一番疲れませんか?)。明日が本当の水曜日なのだけれど。 今週は、電顕関連の基本的な作業をやっているのだけれど、negative stainのgridの準備にしろ、それの観察にしろ、クライオのオートローダー用のグリッドの準備にしろ、慣れてないもんだからなんだか異常に疲れるのであります。 電顕の作業は、やたらと気を使い、かつ、細かい作業が多いのも疲れる原因。そろそろ一人でやれるようにならないとな、とか思って色々と一人でやるようにし始めたのも心労になっている。サンプルの準備がうまく行かなくて、しばらく電顕関連の作業はやってなかったので、今更独り立ち。 まあ、なんだかんだと疲れるのだけれど、とりあえず慣れるしか無いので、グリッド作って、観察して、というのを、一通り一人でチャチャッとできるようになるのが今年(実質あと2ヶ月位?)の電顕学習の目標。
本当の水曜日である明日は、新しいことをやる予定はないので、比較的落ち着いて生活できそう。今週は母屋のラボトークの週なのだけれど、時間のあるこんな日にラボトークもお休みという・・・残念。

はじめてパンティングのツアーに参加した

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サンディエゴ時代の友達夫婦がやってきて(中国人とインド人のカップル)、ケンブリッジ観光といえばカレッジ訪問とパンティング、ということで、奥さんの方とパンティングのツアーに初めて参加した(旦那は仕事の打ち合わせで不在)。
これまで2回ほどラボでパンティングに出かけたことはあるのだけれど、その際には船を自分たちで借りて漕いていた。しかし、自分ひとりでは到底うまくできる自信はなく、素直にツアーに参加。
"ツアー"といっても、色々と会社があり、値段も結構バラバラ。事前に予約すると値段が安くなる所も多いのだけれど、イギリスの天気と天気予報を素直に信じることはできないため、とりあえず予約はせずにそのへんのツアー会社のオニイチャンにきいてみた。すると、1人20ポンド、3歳時は無料で、大人三人と3才児一人で合計60ポンドという(これでも10%は負けてあげているのよ、とのこと)。まあまあのお値段。前日にネットで調べた感じだと、大人12ポンドくらいが最安値のようなので、ちょっと高い。
前日調べた結果、”事前予約が必要”と言っても、当日にネットから購入するので問題ないようだったので、(ちょっと歩くことになるけれど)安い方にしましょうという事になった。結局、頼んだところは大人12ポンド、子供6ポンドだったので、合計42ポンド。
チケットを購入してその会社の乗り場に行ってみると、次の船まで1時間待ち、とのこと。仕方がないので1時間待っている間に友達を別のカレッジ(トリニティ)に案内して時間を潰した。
どこの会社も45分位のツアーで(多分、見どころを往復すると大体そんな時間になるということだと思われる)、我々が乗ったのもそんな感じ。流石に仕事としてやっているだけあって、我々を担当してくれたオニイチャンも上手に船を操縦しており、パンティング自体は楽しいものだった。ただ船をこぐだけではく、ちゃんと見えているものの説明もしてくれるのだけれど、途中でなんか情報に怪しいところが、と、ダーウィンがクレア・カレッジにいた(実際はChrist's Collegeのはず)、というところで思ってしまい、そこから先ずっとオニイチャンの喋っている情報を疑わなければいけない羽目になった。が、まあ、感じの良いオニイチャンではあった。
ケンブリッジでのパンティングの実用的な情報を…

今回ケンブリッジを案内していて初めて知ったこと

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知り合いを連れてケンブリッジ観光をするのは何回目かになるけれど、今回はじめて知ったことがいくつか。

the apple tree(ニュートンのりんごの木)は、これだったのね
ケンブリッジには31のカレッジがあるのだけれど、ケンブリッジ大学で最も権威のあるカレッジの一つがトリニティ・カレッジ。ケンブリッジで一番リッチなカレッジでもあり、最も多くノーベル賞学者を輩出しているカレッジでもある。そんなトリニティ・カレッジの一番の有名人といえばアイザック・ニュートンであり、ニュートンのりんごの木というのがトリニティの敷地のどこかにあるというのは知っていた(いや、まあ、ニュートンがホントにりんごが落ちるのを見て万有引力に思い至ったかどうかは置いておくとして)。私は、どこかで裏の方の通りからみえるみたいなことを読んだことがあった気がするのだけれど、今回トリニティで働いている人にきいてみたら、トリニティの正門の脇にある木がその林檎の木(いや、もちろん子孫なんだけど)であるとのこと。これなんだ・・・。 
確か大学の植物園の方にも子孫がうわっている。

旧cavendish laboratoryは街の中に
時代はニュートンから随分と下るけれど、DNAの二重らせんを発見したグループはケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所で研究をしていた。生物関連の勉強やら研究やらに関わった人は、ケンブリッジに来ると猫も杓子もという感じでEagle pubへ向かう。私は、まともに利用したことがなかったのだけれど(待ち合わせで一回だけ店内に入ったことがある)、生物系のお友達を案内するにはここでしょ?ということで、昼飯を食べに行ってみた。店の外にはプレートがあり、曰く、キャベンディッシュで研究していたDNAの二重らせんを発見したグループが、”近く”にあるこのパブを使っていたとある。  現代のケンブリッジしか知らない私は、”近く”というのがずっと気になっていた(が、調べてなかった)。今もキャベンディッシュ研究所は存在するのだけれど、それは全然このパブから近くはない街の外れのサイトにある。確かに現在の研究所近くにパブってないので、他のパブに比べたら”比較的近い”かもしれないけれど、やはり”何が近いのか??”と思っていた。今回やっとその疑問の答えを発見した。 Eagle Pubで昼食をとって店を出ると…

子供の英語

自分の語学をどうするかってのも問題だけれど、子供の語学もまた問題。それはまあ、このご時世、海外に住んでいる方だけの悩みではなくなっているのだろうと思う(とか、言っても、大半の方は未だ30年前の感覚と変わらないのではと疑っているのだけれど・・・)。もしかしたら近い将来に”ホンヤクコンニャク”レベルの翻訳マシーンが登場するのかもしれないけれど、語学はやっておいて損はないというのが現状ですよね。
いろんな人に話を聞いたり、本を読んだり、実際に日系の方のご子弟とお話したりしてみると、外国に暮らし、現地の学校に通わせる限り、ある程度の言葉は話せるようになるのだろうけれど、どっちの言語も一人前に使えるというレベルとなるとまた話は別らしい。
多くの方が、幼稚園に通い出すと途端に英語が強くなる、と言っていることでもあるし、我が家では親は(特殊なシチュエーションを除いては)完全日本語で通している。まあ、どうせ我々は変な英語しか話せないし、他の言葉は学校でということで良いのではないかと思う。ただまあ、子供と英語で話したりもしたほうが、”私のためには”良いような気がしないこともないのだけれど、子供の為をという意味ではこれでいいのかなと。
今朝、子供が”ボートだよ”と日本語でかじりかけのパンを見せてきたのだけれど、それに対して私が、”ボートなんだ?”と日本語で返すと、”そう”と言って日本語で返ってきたのだけれど、試しに英語っぽく”Boat?”と言ってみると、”Yes!”と英語で返事が返ってきた。英語、というほどのものでもないのだけれど、そんな感じで多言語のコミュニケーションが自然に身についていくもんなんだろうなと、ちょっと感慨深かった。
そして夕方、今日から子供は結構な長時間幼稚園に行くようになっているのですが、仕事から帰って子供と遊んでいると、今度は”Come on, Mammy!”とか言い出し、笑ってしまった。そうやって、段々と英語が増えていくのでしょうね。恐くもあり、楽しみでもある。

軟弱な精神

また少し間があいてしまったが、再び剣道の練習に参加した。今回はケンブリッジ大学の方。大学は休み期間中ということもあって参加人数は5人(!!)。リーダーのSさんが、日本で8段の先生に習ってきたことを披露しつつ、根本的なことを改善する取り組みが行われた。スマホでムービーを撮ったりしながらだったので大変参考になったのだけれど、かなり反復が多かったので老体には堪えた。 ムービーにして見せられると(テクノロジーの進歩は恐ろしい。スマホでとって、その場でコマ送りしてフィードバックができるのだからなあ)、若い頃の剣道の癖があって(ていうか、若い頃にしかやってないのだから、長い間やってないことによって改善されたりはしないわけだけれど)、そのへんは直したほうが良いなとは思わされる。が、しかし、練習量が足りないよな。お金と時間があればもう少しやりたいと思えるのかもしれないが、できる範囲で、ということになりそう(続けるかどうかも不明だけれど)。
別に剣道でなくても良いのだろうけれど、瞬発力を使うスポーツもしたほうが、頭にも良いんじゃないかという感覚は多少ある(なんとなくスッキリしたような気分になる)。普段から通勤で結構自転車をこいでいるのだけれど、頭がスッキリしたという感覚にはならない。ただ、あの重い防具を担いで移動するという行為がどうだろうという気もしてしまう。
海外で初めて(ちゃんと)運動してみて思うのは、日本におけるスポーツと海外におけるそれとは全く別物にならざるをえないな、ということ。あの日本の気候では、のんきにスポーツに集中することは難しい。剣道なんて防護をつけようものなら散々なわけで、あれをスポーツとして楽しむ、というのはある程度の狂気が必要なのではないかと思う。そういうところを通り抜けてくると、やはり精神論、根性論を語りたくなるのも自然なのかもしれないとすら思えてくる。
日本で剣道を続けるのは、ちょっときついなあ・・・と、この気候の中で剣道をやってしまうと思うのですよね。軟弱。

Daddy pigと私(または世間のお父さん)

今日はsalary exchange schemeの書類を提出にchild care officeへ。以前の記事にも書いたけれど、salary exchange schemeを使うことによって、ケンブリッジ大の幼稚園(ケンブリッジ大が運営委託している幼稚園)に通わせれば実質的な税金の控除が受けられるのだけれど、これはchildcare officeのwebページから書類をダウンロードして入力し、childcare officeに提出する必要がある(幼稚園側からは多分なんの打診もないのでご注意を)。
フィッツウィリアムミュージアムの向かいくらいにあるオフィスを訪ね、書類を提出。ついでに近所のカフェで買い物をして、さあ仕事へ、と思ったところで書類の不備に気づく。そういえばどのナーサリーなのか(大学が委託しているnurseryは今の所3ヶ所ある)指定し忘れているような気が・・・。コピーを取り出して見返すと、やはり記入漏れ。ということで、もう一度オフィスの呼び鈴を鳴らし、書き込ませてもらう。
しばしばボーッとしているので、こういう事はよくある。しょうがないじゃないか、と思うのだけれど、世間の目は厳しい。
最近(ちょっと前からだけれど)子供がよくpeppa pigを見ているのだけれど(英語でみたり日本語でみたり。最近は日本語が多いらしい)、daddy pigに共感するのである。出来もしないことを言ったり、分かってもいないことをわかったようなふりをしたりして(ホントに分かっているつもりだったりするのだけれど)、ときにずぶ濡れになり、ときに蜂に追いかけ回され、ときにパンケーキを顔にのせたりする。まるで中年男性の悲哀を描くヒューマンドラマのようなのだけれど(そもそもヒューマンではないけれど)、劇中では最後にみんなで笑い飛ばしてお開きになる。こんなニュースを読んでいると、劇中にでてくるような小さな失敗は、現代日本においては、なかなか”笑い飛ばして終わり”とはしてもらえないようだけれど(現代イギリスにおいて、そうしてくれているのかどうかは知らない)、こういうpeppa pig的なお話を小さい頃から見ていたら、大人なんてまあこんなもんだ、と気楽に笑い飛ばし飛ばされるようになっていくのかもしれないな、なんて思う。
しかし、イギリスに於いても(多分)daddy pig的なものが典…

なんだか面倒なことです:ベジタリアンとかヴィーガンとか

母屋のカフェテリアを”月曜日はベジタリアンデーに”という話が持ち上がっているというのをNさんから聞いた。一応メーリングリストで流れてくるのでチラッとはみていたけれど、スルーしていた私。だって、最近カフェテリアではサラダバー野菜とチーズと卵をとるだけというベジタリアンみたいな生活をしているので・・・。
私は雑食なのだけれど(昼は自分で握ってきた納豆おにぎりに上記のサラダなので、ほとんどベジタリアン)、ケンブリッジというハイソな土地柄なせいか、実際身の回りにベジタリアンという人は結構いる(ヴィーガンという人にはイギリスに来てからは会ったことがないけれど)。理由は色々なんだろうけれど、私としては、やりたいならどうぞ、という感じで、否定も賛成もしていない。ただまあ、人に押し付ける(月曜日はベジタリアンとか)のは頭にくる。そもそも母屋のカフェテリアにはちゃんとベジタリアンメニューがあり、ほぼ平等だと思うんですけど。そのバランスを崩すのであれば、”肉の日”でも作ってもらわなければバランスが取れないような気が・・・。
という身近なところの話題があったのだけれど、ケンブリッジ大学はケンブリッジ大学で牛肉とラム肉をメニューから外すという取り組みにより、温室効果ガスの放出の削減に貢献しているというのがニュースになっていた。2016年10月から、ということなので、私が来たときにはすでに始まっていたということか。大学関連の食堂を利用することは少ないけれど、確かに牛とかラムとか食べたことないかも。環境に配慮という大義名分のもとにされているわけだけれど・・・大学の食堂が減らしたからと言って地球温暖化に一体どれほどの効果が期待できるのか。時々牛肉やラム肉が無性に食べたくなる私としては、肩身の狭いことです。
記事の中でも、牛、ラムを減らし、更にベジタリアン&ヴィーガンオプションを充実させていくようなことを言っているので、これから大学の食堂も肉なしの方向に進んでいくのは間違いないのだろう。sustainable・・・ですよねえ・・・・。
ベジタリアンが痩せているわけでもなく、ベジタリアンが穏やかな人々というわけでもないので、一体何の効果を求めてベジタリアンをやっているのだかと常々思っているのだけれど、なんで?ってみんなに聞いて回るのも面倒だし、なんか敵対しているみたいなので放置している。…