研究生活:適当なサイズのプロジェクトを考える


 研究室の仕組み


日本と欧米でスタイルは多少違うが、PI(principal investigator)と言われるボスがいて、その下に何人かの子分がいるという形式は同じ。子分たちはどうやって雇われているかは、それぞれの事情により様々。fellowshipを外からもらっている人もいれば、ボスのグラントから雇われている人、あるいは自腹というひとも中にはいる(日本人のお医者さんにはこういう人も多い)。

研究費はボスが獲ったグラントでほぼ賄われる(fellowshipに研究費がついてくるものもあるが、それほど多いわけではない)。なので、グラントを獲ったり更新したりするのにPIも必死だし、子分たちもそれに貢献することが求められる。”貢献”とは何なのか?それは場合に依る。求められるものは国にもよるだろうし、獲っている(獲ろうとしている)グラントにも依る。しかし、まあ、研究室を安定的に運営していくためには、CNS的なものを数年に一報くらいは出さないといけないと、著名研究所のPIたちは思っているだろうと思う。まあ、なので、色々と言いたい気持ちはわかるけれど、研究室からCNSが出て小躍りしているしているPIの気持ちはわからないこともないし、それはつまり私達子分たちの生活にも関わってくる。だから、CNSがどうしたよ、と、シラーッと思っていたとしても、やはり一緒に小躍りしなければいけないのかもしれない。
ただ、(多分)これは欧米の話で、日本の場合は研究成果がでなかったとしてもクビになることは無いから、ポスドクなどを雇ってない限りは(雇っていたとしても?)グラントが切れることを切実に恐れてはいないかもしれないし、なので、それほどCNS的なものを求めていないかもしれないし、従って、そもそも論文を出すことへのモチベーションが低いかも知れないと推察する(だから、大学院生の指導を放棄するだの、論文を見てやらないだの、おかしな行動に出る人が続出するんじゃないだろうか?)。

なので、PIはそれに適う研究テーマを思いつき、予算を獲り、それを無事に子分たちが遂行する、というのが求められるが、当然PIが思いついた研究が全てがうまくいくというわけではない。全てが上手く行ったら、それは多分、何かよくないことが行われている可能性を疑ったほうが良いかもしれない。”外目に”全てが上手く行っているというのは問題ではない。その場合、山のような残骸はラボ内に蓄積しているだけ。上手く行っているどれかについて外に出して、みんなが上手く行っているように見えるのなら、それは素晴らしい研究室だ。



大振りなプロジェクト


ということなので、PIがまずはじめに設定するプロジェクトはかなり大振りなものであることが多い。(ポスドクが大枠まで自分で決めるということはあまりないだろうと思う。)今のところは海のものとも山のものともつかないが、思っているとおりに事が進めば、これはCNSなんじゃないか?というような内容のものでなければ研究室が回らない。研究室運営にとっては、それでいい。しかし、手下たち(つまり私)にとっては、それはそれで良いのだけれど、それが上手く行かなかった場合の保険も用意しておき、それを同時にやっていく必要がある。研究室がサバイブしていくためにはCNSが必要であるが、手下たちがサバイブするのにCNSは必ずしも必要でない(ただし、アメリカの、有名大学のPIになりたい、というような話だと、そうも言ってはいられない)。人間には限界があるので、同時進行は2つくらいかなという気がするが、いやいや3つはやれるでしょ?という方もいらっしゃるに違いない。しかし、個人的には3つ同時に(自分の手を動かして)それなりの成果を出し続けている人をみたことはない。


適当なサイズって難しい


これも研究室に依るだろうが、うちのPIは部下の提案に比較的オープンである。オープンと言うとなんかハッピーな感じもするのだが、逆に言うと、研究室運営に必要なメインのプロジェクト以外の、自分の生存のためのプロジェクトは自分で考えてね、ということでは無いかと理解している。自分のオールは自分で握らせてもらえるというのは良いことだと思うし(なかには大振りしか許さないPIだっているだろう)、ポスドクたるものそうあるべきだという気もする。
さて、問題は”適当なサイズ”である。我々の仕事の場合、これくらいだったらうまくいくでしょ?と思ってやり始めた仕事が、意外と、全くうまく行かなくて撃沈する、という光景をよく目にする。ひとえに複数のプロジェクトを同時進行し、目鼻がつくまで一気にやり抜くということに尽きるのだとは思うけれど、最初の時点でのサンプル選びのセンスもきっとあるのだろう。
サブプロジェクトを考えるに辺り、メインと全く関係ないものでやろうとすると、どんどんおかしな方向になっていくことをアメリカで経験したので、今回はあくまでも本命プロジェクトの分岐、または補助となるようなものを考えることにした(カタカナで言えば、シナジー)。一つは行き掛けの駄賃的なもの、一つはちょっと寄り道的なものを考えたが、さてどうなることか。コンペティションも多そうだけど、何処のラボとの戦いだって、基本的には1対1の勝負なのだから(中国のラボとの勝負になると、4対1とかになったりするけど)、頑張るしか無いっすね。



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