ゲーム、カップラーメン、志村けん


カツマーがゲームについてこんなことを述べている記事を見かけた。カツマーについてはよく知らないし、特に興味もないのだが、”基本ゲーム禁止”の家庭に育った人間として、この問題は興味のあるところである。

”基本”というのが、よくわからないうちの方針なのだが、近くの親戚の家に行った時に限り、一日に1時間だけはゲームをしても良いというルールになっていた(それは大抵週末、土曜日とかだったりして、ドラクエとかクリアするのに鬼のように時間を要するなかなかハードな設定であった。しかもさ、いいとこまで行っても教会まで行かないとセーブ出来ないのね。ところで、復活の呪文(懐かしい)を書き取る時間はゲーム時間に含まれるんですか?シューティングゲームでもすればよかったのかも知れないが、それはそれで相手がいてこそのものだしね)。親戚に子供がいたわけではなくて、今は亡くなった外祖父が将棋の相手が欲しくてファミコンを買ったのが私のファミコンとの出会いであった。将棋と一緒にちゃっかりスーパーマリオを買って、爺さんは(私もだが)結構真面目にスーパーマリオに取り組んでいた。初期の将棋ゲームは非常に弱かったため、アマ5段の祖父にはあまりに弱すぎ(しかも昔の将棋ゲームって考える時間が異常に長かった)、その結果スーパーマリオが主な相手になったものと思われる。

そんなだから、ファミコン名人は遥か遠く、それらの能力で名を馳せる友達には置いて行かれ、非常に肩身の狭い小学生時代を送ったのを記憶している。都会ほどシビアではなかったのだろうが、田舎でもやはり、スポーツの出来る子と、ゲーム(金のかかる遊びを含む)が得意な子が世の中心に君臨していたのである。スポーツにしろゲームにしろ、それがコミュニケーションツールであり、子どもたちの社会性を磨く上で重要な働きをしているのは間違いないと私も思う。なので、自分の子供がゲームをすることを禁止することは無いと思うが、とは言え、ゲームばっかりしていても困るので、やることやったらゲーム&やっちゃダメなところではゲームはしない、という方針になるだろうと思っているけど。

記事の中にある、ゲームもカップラーメンも志村けんも禁止されていた家庭だったのだが(いや、三役揃い踏みだな)、私はその反動で毎日ゲームをしたりはしないし、カップラーメンも殆ど食べないので、それは昔禁止されていたこととは関係なく、その人の性向の問題なのではないかと思う。

そう言えば、カップラーメンを禁止されていた家庭の子にとっては(我が家だけかも知れないが)、カップラーメンは特別に食べさせてもらえるものだったりして(いや、ホントに)、おねだりしてカップラーメンを食べて喜んでいたのを記憶している・・・なんかすごい貧乏くさいけど。

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