私のゲーマーの評価は偏っている


昨日の話の続きだが、カツマー的には、”私は頭がよく、人生に成功しており、その私はゲームが好きであり、ゲームをすることは良いことなのである”ということだ(論文もでているそうだが、リファレンスがひいてないのでわからないし、読みたくもない。大体、ゲームって言ったって色々あるじゃないですか?)。私はカツマーをよく知らないので、頭が良いのか知らないし、人生に成功しているのかもわからない。

まあ、でも、そもそも自分が頭が良くて人生に成功しているってマーケティングしてる時点で痛いし、仮にそれが本当だとして、それはゲームのお陰であるのかどうかはコントロール(対照)がないので自明ではない。と、いうことで、やはりカツマーには頭が痛い、という結論を出すことにする。

カツマーは良いのだが、個人的な経験でも、どうも”頭のいい子はゲームも上手い”という刷り込みのようなものが出来上がっていて、正しいジャッジを阻んでいる。そんな自分もやはり痛い。

あれは、高校1年生のことだった。季節は秋。学校の校舎の修繕をするとかで、学年全体が視聴覚室などの特別教室に移動になったことがあった。我々のクラスがあてがわれたのは物理学室。物理学室にはPCがあり(多分、PC98とか(懐かしすぎる)そんなものだったような気がする)、誰かがソフトを持ってきて”ぷよぷよ”をやり始めた。当然、ゲーム難民であるところの私は指を咥えて見ているだけであったのだが、それらゲーマーの中でも抜きん出て強かったのが、その後T大に進学したTくんであったような気がする。そのTくんの印象と、漠然とした落ち物ゲームに対する憧憬が、私のゲーマーに対する評価を著しく上げていることは否めない。そこで大きく私の認識が歪められているのだが、しかし、冷静に考えてみれば、かつて小学校でゲームで名を馳せた同級生たちは、恐らくカツマーのような人生は送ってないし、T大にも進学してない。なので、そもそもゲームをすることが知的好奇心を刺激して脳に良いのだというようなカツマーの意見は、そもそも根幹からおかしいような気がする。

ただね、やっぱり、周囲の人間とのソーシャルなつながりを考えれば、自分の子供には適度にゲームは許してあげないといけないなとは思うのだけれど。


コメント

このブログの人気の投稿

研究生活:ポスドクアプライ時のカバーレターの書き方(私見)

イギリスビザ:貧乏一家のイギリスtier2ビザ申請:煩雑な手続き、ヒリヒリする申請費用

イギリス生活:昭和の雰囲気漂うガスコンロ。これがイギリスのスタンダード???